いま全国的に話題となっている所有者不明土地。買った本人も相続人も手をつけないまま不毛の地に返りゆく流れを、相続登記の義務化によって押し戻そうと国は躍起だ。
一方、私たちが意識しておきたいのは、放置された土地が乱立するなかでそれらの境界が曖昧になりうるということ。今回は土地の取得時効にスポットを当てたい。
取得時効とは、占有状態が一定期間継続した事実に基づき、もともとなかった所有権を発生させるという制度だ。
嘘から出たまこと、と言ってもいい。
本来の境界線から飛び出した部分を「ここは自分の土地だ」と思い込み、そのまま10年ないし20年経過すれば、本当に自分の土地になってしまうというもの。
ただし何でもかんでも横取りできるわけではない。要件がある。
所有の意思をもって、平穏かつ公然と他人の物を占有すること
が取得時効の条件だ。少々わかりづらいかもしれない。分解して見ていこう。
取得時効が認められるための条件は3つだ。
1.所有の意思
「所有の意思をもって」とは「この土地を自分のものにする」という権利意識の表れだ。「ちょっと使わせてもらおう」のような弱い気持ちではまかり通らない。例えば境界線をはみ出し、簡単に除去できない建物を建てている、もしくは生垣で土地の周りを囲い込んでいるなどのわかりやすい行為には、所有の意思が表れているといえるだろう。
2.平穏かつ公然
「平穏かつ公然」の意味するところは、こそ泥風情では自分のものにできないということ。
「これは自分のものだ」と確信をもち、隠し事なしで占有する状態を指す。隣近所も矛盾なしと認めるふるまいであればOKなのだ。
なお、本来の所有者を脅したり暴力でねじ伏せたりして土地を奪うことは許されない。
3.善意
ここでいう善意とは一般的な会話での「親切心」の意味ではない。境界線から飛び出した土地部分を、まぎれもなく自分の土地だと信じこんでいる心理状態を指す。「悪気がない」「無邪気」といえばわかりやすい。
ここでは横取りの占有者にとって有利に働く。
所有の意思をもって平穏かつ公然と土地の占有を開始した場合、その人は善意、つまりもともと悪気がなかったものと推定される。
逆に土地を横取りされた側の人は、占有者に悪気があったこと、つまり越境の事実を知って侵奪したことを立証しないと勝てない。
また、占有者の不注意や過失を理由として所有権が認められない場合は、占有者側が無過失の立証責任を負う。
なお「どうやら自分の土地ではないようだ」という事実に気づいた状態のことを悪意という。
善意で所有期間が始まり、そのまま10年経てば時効完成。境界をはみ出した土地は占有者のものとなる。
また、善意で所有期間が始まって途中で悪意になっても、善意の状態を継続でき、占有開始から10年で時効は完成する。
最初から他人の土地と知りながら堂々と占有していた悪意の場合、もしくは他人の土地だと知らないことに過失があった場合は、占有開始から20年で時効完成だ。
途中で占有者が交代した場合は、直前の人の占有開始時の状態を引き継ぐ。
善意の人から引き継いだ悪意の人は、それまでの年数を加算して占有10年に達すれば時効完成となる。
制度の根底にあるのは継続的事実の尊重だ。権利の上に眠る者は保護しないということ。
もし放置しつづけている土地があれば、いま一度確認しておきたい。
場所によってはとんでもない大損を被るのでくれぐれもご注意を。